2023-03-27
最強Rustaceanになりたい
Table of Contents
やったこと
- Rust書いてた
Rust
昔書いたコードをリファクタしている。トレイトをいい感じに使ってRustっぽいコードにするとか、エラーハンドリングをいい感じにするみたいな。std の機能の勉強がいい感じに進む。
リファクタしてたら当然だけど、テストをちゃんと書いててよかったという感想になった。テストしか俺を救わん。
思ったこと
目の前に話を聞いてくれるひとがいると仮定して適当に書きます。
主観的・直感的かつ非合理的な価値判断に基づいた他者評価ってあるじゃないですか、「何かわからんけどかっけーな」とか「うーん、ダサい!」とか、「あれ痛すぎるなー」とか。別に法を犯しているわけでもないし何かの規約に違反しているわけでもなく、だれかが損害を被っているわけでもないやつ
非合理的な評価だから相手に直してもらう義理がなくて、自分が勝手に思っているだけのやつです
そういう感覚が自分のアイデンティティを支えてる面も少なからずあるだろうからそれを否定する必要はなくて、非合理的な判断だなーって感覚さえ自覚して、他人にわざわざ伝えなければそれでOKですよね。すべてに合理的な判断を追求するなんて土台無理な話なわけだしね
でもこういう評価って自分が該当してしまったときに最も鋭利に自分に突き刺さってくるじゃないですか
いつもだせえと思ってるまんまの存在だなー、死にて〜、みたいな。別にその判断自体は合理的じゃないから直す必要もないし気に病む必要はないんですが、価値判断している人間が自分自身だからその辛さからは逃れようがないんですよね
俺はこれのせいでめちゃくちゃ死にたくなることが多くて本当に嫌だったんですけど、最近はそういう自分が滑稽というか、苦しい自分も受け入れられるようになって、楽しんで苦しめるようになった感じがします 「料理に使うわけでもないのに勝手に研いでいたナイフが自分の腹に刺さってしまって苦しい」みたいな状況に陥ってしまっている自分を自虐的に捉えて楽しむ感覚
これがいいことなのかは分からないけど、最近はそういう感覚で何となく向き合えることがあるよ、という話