2023-07-29

表現とのたたかい

Table of Contents

やったこと

  • 散歩
  • 統計の勉強すこし
    • 検定の前まで

統計たのしい。プロになりたい。 言葉の意味をちゃんと捉えたうえで、適切な言葉を選びながら着実に議論を進めていく行為にはなんとも言えない心地よさがある。

読んでいる本

なし

思ったこと

表現

とりあえず頭に浮かんだことをメモするとき、その時点ではなんとか及第点に至るくらいの語彙や表現で書いているつもりでいる。そうしないと思考があらゆる方向へと発散してしまってメモさえもできなくなるから。

あとで推敲しようとしているわけだからその表現にはいつだって書き直す余地があるはずなのに、時間をおいて見てみたらその表現には知らないうちに説得力がもたらされていて、なんだかそれが正解になってしまう。その表現もわるくないよね、みたいな。

でもこれは当たり前だ。時間をおいたら俺はもう違う人間になっていて、表現に向き合う態度がまるきり違ってしまうから。メモを復元しようとする俺は表現者ではなく鑑賞者だ。そこにあるものを絶対として評論を述べることしかできない。表現が絵だとしたら、絵を挟んで反対側に向き合って立ってしまっているのである。今の俺はどう頑張ったとしても当時の俺と同じフィールドに立つことはできないのである。

そうかんがえると、今この瞬間瞬間がつねに戦いだ。限られたリソースから自分の最大限の抵抗を見せる、自分の感覚を手頃なクリシェに嵌め込もうとするのに抗う、その瞬発力のたたかいだ。この瞬間を保持する人間は俺以外にいないのである。絶対唯一の時間をたった一人に一任されているというその重責との戦いだ。

パラメータ

サンプルサイズの意味で母数という言葉を使うのは日常会話ではしばしば聞くが、少なくとも統計的には誤用である。ふと思い出したけど、この前の合コンに来てた A ちゃんはサンプルサイズくらいの意味の言葉を母数と言わずにちゃんと分母と言っていたな。経営だとそのへんもちゃんとしてるってことなんだろうか。

Haskell

統計の計算をしようと思って ghci 開いたら、Haskell をまったく書けなくなっていて悲しかった。泣きながら R で書きました…

経験があるから分かる良さ

「経験がないと分からない良さ」というものは確かにあるしそれは悪いものではないんだけど、こういう場合に分かってる側が優位みたいなニュアンスが出るのが嫌なので「自分の感性が飼い慣らされる」と言い換えたりすることがある。自分が”分かっている”ステージへ登っているのではなく、世にあるものに感覚を隷属させているのだという空気を感じてほしい。